エロゲの評価が分かれる7つの理由

 

 

 

「あの名作と言われているエロゲーが面白く感じない」

「笑えるエロゲって聞いたのに、全然笑えなかった」

「泣きゲーって言われてるのに、泣けなかった」

「なんでこんなに高評価なのか分からない」

こう思ったことはありませんか?

なぜ人によって評価が違うのだろうか。私が常日頃から思っていたことを文章にしてみました。

 

 

 

世界観の設定の「許容範囲」の違い

 

 

見出しだけ見ると何のことか分からないですかね?

これから説明しますので、おつきあい下さい。

 

 

まず、世界観の設定の許容レベルを3種類に分類してみました。

(境界線が曖昧ですので、分け方が難しくはあるのですが)

 

 

レベル1  作り込まれていて矛盾も少なく、大多数の人間の価値観で想像できる設定。

これは多くの人に受け入れられている設定で、評価されている作品の特徴の1つだと言えます。

例)「クロスチャンネル」の適応係数。

→人間誰しもオカシイ部分や変わっている部分があるので、その延長として受け入れやすい。

 

 

レベル2  現実に即していない設定。もしくは描写不足な設定。ちょっとした矛盾がある設定。

レベル1とレベル3の中間的な立ち位置です。受け入れられる人と受け入れられない人に分けられる設定。また脳内補完が必要な場合もあります。

レベル2を受け入れられる人の特徴として、想像力が豊かで多少の説明不足は脳内補完できる人深く考えない性格の人現実的ではない価値観を受け入れられる人、などが挙げられるかと思います。

 

 

多少柔軟に受け入れられる人の方が、より多くの作品を楽しめると思うのですが、いかがでしょうか?

 

 

レベル3  完全に破錠している設定。

以前に説明されていたことと矛盾していたりして、そもそも設定として成り立っていない。もしくはあまりに説明不足な設定。ほとんどの人に理解されない、ぶっ飛んでいる設定も当てはまります。

レベル3の設定は、多くの人の批判の対象となります。いわゆるクソゲーとかガバガバ設定とか様々な貶されかたをします。

しかしテキストが面白かったり、あまりに突き抜けた設定ならばバカゲーとして愛されることもあります。

 

 

以上の3つになります。

もちろんレベル1こそが最も評価される設定だと思います。

レベル3に到達して、なんでも受け入れられる人は、エロゲーライフを一番楽しめるのかもしれません。笑

 

 

 

エロゲーに求めているモノの違い

 

 

これはまあ、あたり前な話なのですが

「絵が下手でも、ゲーム性がなくても、ストーリーが面白ければいい」って人や

「キャラ萌えが一番重要。ヒロインが可愛くさえあればシナリオはどうでもいいや」って人や

「エロゲーなんだしヌケればいいんだよ」って人

それぞれが重視しているモノや、その割合が違います。

同じ作品でも重視しているモノの違いによって評価が変わってきます。

 

 

抜きゲーに関して言えば、性癖は千差万別なので、評価が分かれるのも自明の理です。

例えば着衣Hが好きな人と、服を着たままのHが嫌いな人では同じシーンでも真逆の評価になるでしょう。

 

 

 

価値観と経験値の違い

 

 

同じ文章でも面白いと感じる人もいれば、つまらないと感じる人もいます。

同じCGを見てキレイだと感じる人もいれば、なんとも思わない人もいます。

音楽などもまた同様。

生まれ育ってきた環境、周りの人間の影響、人生経験など様々な原因によって人それぞれの価値観が形成されていきます。

 

 

経験値というのもまた重要で、その経験があるかどうかでより鮮明にイメージできるかどうかや、共感できるかどうかが変わっていくのです。

(もちろんHシーンにも同じことが言えます。「このシーンは誰得なんだ?」と思うことはないですか? そのプレイをしたことがある人にとっては興奮できるシーンの可能性があるのです)

要はリア充最強ってこってすわ。皮肉なことに。笑

こうした価値観の違いや経験値の違いが評価の違いにつながってくるのです。

 

 

よりエロゲの世界をリアルに感じることのできる方法の1つに、「聖地巡礼」というものがあります。

実際にエロゲの舞台となった場所へ、足を運んでみるのです。

その場所を訪れたときに感じた空気感、雰囲気、音、匂い、さまざまなモノを五感で感じとることによって、よりエロゲの世界に深く没入することができるのです!

 

 

 

時代の違い

 

 

パロディネタや時事ネタは、月日が経てば伝わらなくなっていったり面白さを感じなくなっていったりします。

また、例えば世紀末の雰囲気、バブル期の空気感など今と全然違うでしょうし

1990年台、2000年台、2010年台、時代の流れとともに社会情勢や感じ取れる空気感や価値観が変わっていきます。

 

 

例えば音楽で考えれば分かりやすいですが、フォークソングの全盛期と、現在主流の音楽はまったく違うと思います。

その時その時の流行りや、価値観や、空気感が反映されているのです。

音楽だけでなくエロゲーも、当時を知っている人にしか感じ取れないこと、楽しめないことが時代の違いと共に出てくるのです。

 

 

また、「当時は斬新だった」「当時は最高級のクオリティだった」など、その時だからこその評価というものもあるかと思います。

 

 

 

視点の違い

 

 

物語の見方は様々なものがあります。大きく3つに分けられると思います。

『主観』

→主人公やメインの人物に感情移入し、物語に入り込む。

『客観』

→物語や登場人物たちの動きを、客観的に見る。

『俯瞰』

→他の作品などと比較しながら見る。

 

 

主観的な見方のほうが、作中の人物と同様に感情を揺さぶられることになり、より楽しめるかと思うんです。

なぜかって? 考えても見て下さい。

例えばサッカー。

サッカーの試合で、相手に苦戦しつつもなんとか食らいつき、最後の最後で逆転ゴールにて勝利したとします。

この時一番「興奮」「歓喜」「幸福感」「達成感」を味わえるのは間違いなくフィールドに立っていたプレイヤーだと思うんですよ。

その次が、一生懸命応援していたそのチームのファン。

そして最後は、サッカーが好きでとりあえず色んな試合をチェックしている人。

これらと「主観」「客観」「俯瞰」視点が当てはまるように思いませんか?

間違いなく入れ込んでいたほうが楽しめると思うのです。

 

 

もちろん「主観視点で見ろ」と強制するものでもないですし、あなたの好きな見方で良いと思います。

ただ、俯瞰視点で他の作品と見比べながら見ると、アラを探しているような感じになってしまい、楽しめないとは思いますけどね。

また、「このエロゲはこのシナリオライターだから、こんな作品になるはず」など、先入観を持つのも、物語を狭い視点で見ることになり、楽しさが減るのだろうと思います。

 

 

最近は、主観的に見れる人が減っているように感じます。

アニメなんかでも、「男はいらない」とか言って、いわゆる『美少女動物園』と呼ばれるものを信仰する人が増えてきた印象です。

主人公のキャラクターメイキングをするゲームでも女性キャラクターにする人が多くなってきた気がします。

要は主人公に感情移入して見れないから、別の男とヒロインがイチャイチャしているように感じるのかもしれません。

エロゲーでも最近は「他の男(主人公)とヒロインがHしてるの見て楽しいの?」とか言う人が見受けられますが、もってのほかです。

 

 

原因としては、あくまで私の仮説ですが、

1. 昔よりも、面と向かってコミュニケーションを取ることが減り、共感能力が足りなくなっている。

2. 主観的に見る土台がなくなってきている。

の二点だと考えています。

 

 

どういうことかと言うと

一つ目は、そのままの意味で、ネットの発達や携帯機の普及により、実際にコミュニケーションをとる機会が減っているのだろう、ということです。

そうすると当然、共感能力、想像力などが欠如しがちになります。

 

 

二つ目は説明がむずかしいので分かりやすい例を。

例えばドラクエなどのRPGを幼少期にやっていた世代などは、「主人公=プレイヤー」でした。

主人公は喋ることはありませんでしたし、自分の意思で能動的に動かしてきました。グラフィックも今みたいに美麗なものでなく想像力を掻き立てられたものです。

しかし、今は美麗なグラフィックと個性のある主人公によって、「主人公=自分」と感じにくくなっています。

つまりは主観的に見る土台がなくなってきているのかな……と私は考えました。

 

 

記事の前半でのべた「想像力」や「脳内補完」という部分も、説明不足な昔のゲームをやって育ってきたかどうかが関係しているのかもしれませんね。

 

 

 

悟りレベルの違い

 

 

予め言っておきますが、私は別に仏教に詳しい訳ではありません。笑

 

 

こちらのサイトに悟りレベルが乗っています。

上のサイトだと分かりにくいかもしれません。このまとめ→【悟りを開いたからみんなに悟りの方法論を教えるよ】に分かりやすい説明があったので見てみると良いかもです。

 

 

コップに半分入った水を見て「まだ半分も残っている」「もう半分しか残っていない」など人によって捉え方が変わってきます。

ヤキモチを妬いて暴力を振るうヒロインに対して「ムカつく」と思うのか「可愛げがある」と思うのか人によって違います。

そもそもヤキモチ自体「可愛い」と思う人と「鬱陶しい」と思う人に分かれます。

ヘタレ主人公に共感するのか、微笑ましく思うのか、イライラするのかも人によって違うでしょう。

その時の精神状態も影響しているでしょうが、その人の悟りレベルとか許容範囲によって同じ物語でも感じ方が違うのでしょう。

 

 

ニセコイの千棘をみんながみんな叩いている状態には恐怖すら感じます。もっと多用な受け取り方があってもいいと思うのですが……

ちなみに私は、理不尽暴力女は好きじゃないです。笑

 

 

 

その他の要因

 

 

・ネタバレを食らってしまっている。

→エロゲは、基本的に値段が高いですし、たくさんのプレイ時間を要するので購入に慎重になりやすいです。

多くの情報を仕入れてから購入しようとします。そのためネタバレを食らう確率も上がってしまいます。

ネタバレを食らうと面白さが半減するゲームは多いです。

 

 

・ハードルが上がりすぎている。

→「泣ける」と聞いていたら泣くために身構えてしまいますし、「ここで泣かせにくるのかな?」「この先このキャラが死ぬのかな?」など考えてしまって感動も減ってしまいます。

「笑える」と聞いていたら自分の笑いと合わなかった場合に余計に寒く感じてしまいます。

「抜ける」と聞いていても、自分の嗜好にあっていなければ拔けないかもしれません。

 

 

・先入観を持ってしまっている。

→ハードルの項目と似ていますが、「このライターだとこうやって泣かせに来る」「このメーカーはこんな作品を作る」とか決めつけてかかってしまうと、知らず知らずのうちに身構えてしまったり、物語に入り込めなかったり、自分の中のハードルがあがってしまいます。

 

 

・エロゲ観が硬直してしまっている

「アニメ」「漫画」「エロゲ」、どれにも当てはまると思うのですが

人はえてして作品に、「刺激」と「安心」の2つを求めているものです。

「新しい物語や世界観、価値観などに触れ刺激をうけたい」、「見知った世界観や物語に浸って安心感をえたい」そうした相反する2つの側面をもっているものです。

しかし新しいものに触れようとして失敗した経験があると、次第に安心感を求める気持ちが強くなっていくのだとおもいます。

「同じアニメを何度もみる」「萌えゲーしかプレイしない」そうして安心感を大きくもとめるようになってきます。

 

 

もちろんそれが悪いことだとは言いません。

なにが言いたいのかというと「たまにでいいので普段は触れないジャンルに挑戦してみて、刺激を得るのもいいんじゃないかな」ということです。

 

 

・似たような作品をプレイしてしまっている。

→例えばASa Projectの作品の感想を見ていて思うのが、恋愛0キロメートル以降の作品は、すべからく恋愛0キロメートルと比べられているということでした。

ASa Projectの作品を初めてプレイした人は比較的高評価で、今までプレイしてきた人は少し評価が下がっている傾向にあります。同じメーカーの作品や似通っている作品は比べられてしまうのでしょう。

よって、似たような作品をプレイした事があるか、似たようなジャンルを多数プレイしているか、プレイ数によって評価が変わってくるのだと思います。

 

 

・減点法と加点法、人によって採点基準が違う。

→何かマイナス要素が見つかるたびに評価を下げる人もいれば、良い部分を見つけるたびに評価をプラスしていく人もいます。

どっちがよりエロゲを楽しめる人かと聞かれれば、「加点法」で採点している人だと答えます。

エロゲの素敵なところを見つけられる……ソウイウモノニ  ワタシハナリタイ……です!

ま、いいところを見つけられないような地雷ゲーもあるんですけどね。笑

 

 

・作品に対する読み込みが足りていない

→「ランスクエスト」の攻略wikiに書き込まれていた内容だったと思うのですが、

「こいつら仲間が大量に殺されたのに、なんで宴会してんだよ。冷めるわ」(意訳)みたいな文章がありました。

今までのランスシリーズで、世界観や登場人物の価値観の描写は十分にされていました。近いもので言えば戦国時代のような世界観でしょうか。私も、当然この世界では「戦や合戦に勝利したあと、仲間を失おうとも普通は宴会くらいするだろ」と考えていたので、全く疑問にも思っていませんでした。その作品を理解しているかどうかも評価に違いを与える一因でしょう。

 

 

多忙な現代人。作品を読み飛ばすようなプレイスタイルな人は増えているかもしれません。

ですので、そうしたことが作品の評価の違いにつながることも増えているんじゃないでしょうか。

 

 

 


以上が私が考える、人によって評価が違う理由です。

7つにまとめられなくて、「その他の要因」にいれて調整しました。笑

 

 

これらの要因を踏まえれば、エロゲをより楽しむ方法が見えてくるはずです。

あなたも良いエロゲーライフをお送りください!!!

 

 

 

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8 thoughts to “エロゲの評価が分かれる7つの理由”

  1. >世界観の設定の「許容範囲」の違い

    許容範囲の違いよりも、レベル判定の基準の違いの方が気になります。
    詳細を説明すると長くなるので、今回は概略だけ述べます。

    「群青の空を越えて」は世界観がリアルとか、設定がしっかりしてるという評価が多くてビックリです。
    しかし、ありとあらゆる設定が荒唐無稽であり、進行がシリアスなだけにバカゲーでもありません。

    水葬銀貨のイストリアは、未発売でも概ね高評価で、発売後も概ね高評価です。
    しかし、高評価の理由として挙げられていることは物語としての致命的な欠点にしか見えません。

    >私はランスクエストの世界を戦国時代のように捉えていて、「戦や合戦に勝利したあと、仲間を失おうとも普通は宴会くらいするだろ」と考えていたので、全く疑問にも思っていませんでした。

    まあ、クリンゴン人なら普通に宴会しますよね。

    現在の日本を「現実」とした場合、確かに、「現実に即していない設定」なんでしょうね。
    しかし、物語について考察する以上、対象とする「現実」は物語上のものを採用するのが普通であるように思います。
    ただ、現在の日本の現実しか知らない人に、違う世界観の現実を想像するのは難しい部分があろうと思います。
    であれば、これは、違う世界観の現実を理解するための説明的な描写の不足ではないでしょうか。

    1. >ギャルゲ好きのノベルゲ嫌いさん

      世界観の設定の許容レベルの分類に関してですが
      あくまでこれは個々人が世界観設定をどこまで許容できるか、という分類ですので、当然「設定はガバガバだけど他の要素でカバーしているため高評価を受けている作品」もあるかと思います。

      「バカゲー」という表現を使ったのは、設定がガバガバでも人気な作品はある……ということの一例としてあげました。

      この項目で何が言いたかったかといいますと、「世界観設定をどこまで許容できるか」が「エロゲの評価が分かれる原因」の一つではないかとしてあげているわけで、イコールその作品自体が面白いかどうか……ということまでを書いているわけではないのです。

      レベルを1~3に分けたのは分かりやすく説明するために他なりません。当然各作品をそれぞれのレベルに当てはめられるかと問われますと難しいところです。
      たとえば「シナリオゲー」とか「キャラゲー」とか「抜きゲー」とか本来は簡単に分類できるものではないですが、その作品を分かりやすく紹介するために便宜的に分類する必要がある、ということと同様の意味合いです。

      ランス・クエストに関しては、ランスシリーズ8作目にあたる作品でして、過去作のキャラクターが沢山でてくる「お祭りゲー」な作品であるために、過去作のプレイをしている可能性が高いと思われます。
      今まで散々世界観の描写があり世界観を説明したサイトがあるほどの人気シリーズです。
      →http://littleprincess.sakura.ne.jp/
      →http://www.alicesoft.com/haniwa/rance/
      なので、そのコメントをした人の理解不足である可能性が高いと判断しました。

      ランスシリーズを知っている人が大半だとの判断で書いている文章であるために、その作品を知らない人にとっては誤解を与えてしまうような書き方だったかもしれません。
      ですが、例としてあげる作品で他にこれほどの知名度がある作品はなかなか見当たらないことも確かですが。

      1. 「群青の空を越えて」は「設定はガバガバだけど他の要素でカバーしているため高評価を受けている作品」ではなく、「設定はガバガバ」なのに設定が高く評価されている作品の例として挙げました。
        「水葬銀貨のイストリア」も、設定ではないものの「ガバガバ」な所が高く評価されている作品の例として挙げました。

        この場合、高評価をしている人は、レベル1と判定したから高評価なのであり、レベル2以下を許容したわけでも、「他の要素でカバーしている」としたわけでもありません。
        一方で、低評価をしている人はレベル3と判定したわけです。
        よって、この場合の評価の差は、許容範囲の違いではなく、レベル判定の基準の違いによって生じています。

        >なので、そのコメントをした人の理解不足である可能性が高いと判断しました。

        作品に問題があって「理解不足」が発生しているなら、「描写不足な設定」であるはずです。
        「理解不足」が本人の問題で発生しているなら、「現実に即していない設定」は関係ないはずです。
        いずれにせよ、この場合は、「現実に即していない設定」が「許容範囲」にあるかどうかの問題ではないはずです。
        よって、「現実に即していない設定」の例としては不適切かと思います。

        私は、開示された世界観である限り、その世界観における現実を想像するのが当然と思います。
        しかし、世界観が開示されていなければ、その世界観における現実を想像するのは無理があります。
        が、開示された世界観における現実を想像できないなら、それは想像力が足りてないのであり、「そのコメントをした人の理解不足」であろうと思います。
        つまり、読み手のレベルが低すぎることも評価を下げる原因になり得ます。

        1. なるほど、例としてあげられた作品に関して勘違いをしていました。
          『世界観の設定の「許容範囲」の違い』という見出しだと誤解を与えてしまいますね。
          許容レベルになおしておきます。

          ランス・クエストに関しては、現実(現在の日本的価値観)に即していないけど、その世界観の描写はしっかりされている……だけどそれを受け入れることができない人もいる……というニュアンスでした。
          理解不足と書いたのは「読み手のレベルが低すぎる」ではなく「その世界観に対する理解(=受け入られるかどうか)の不足」ということだったのです。

          そうですねぇ、たとえば、魔法が普通に存在しているような世界でその魔法という設定そのものを受け入れられない人もいると思うんですよね。
          それを許容レベルとして表したかったのです。

          ですが、確かにこのランス・クエストの例えでは、「読み手のレベルが低い」のか「作品の描写が足りない」のか「現在の日本的価値観と違うものを受け入れられない人」なのかが分からないですね。
          少し文章を変えて「作品に対する読み込みが足りていない」ことと「読み手のレベルが低すぎる」ことの例としてあげようと思います。

          1. >許容レベルになおしておきます。

            私が挙げた2作品は「許容レベル」の違いでもなく、レベル判定の基準の違いです。
            この2作品の例を挙げたのは、設定に関する評価は「許容レベル」のような趣味嗜好だけで決まるのではなく、個人の能力によっても左右されることを示したかったからです。
            「ぶっ飛んでいる設定」なのに「ぶっ飛んでいる」ことに全く気づかない人や、「作り込まれていて矛盾も少な」いのにそれを理解しない人もいます。
            前者ではどうしようもない駄作が高く評価され、後者では良作が低く評価されます。
            「ぶっ飛んでいる設定」を受け入れたり、「作り込まれていて矛盾も少な」い作品に更なる辻褄合わせを求めるなら、それは「許容レベル」=趣味嗜好の問題であろうと思います。
            しかし、「ぶっ飛んでいる設定」なのに「ぶっ飛んでいる」ことに全く気づかなかったり、「作り込まれていて矛盾も少な」いのにそれを理解しないのは、その人の読解力の問題であって、「許容レベル」=趣味嗜好の問題ではないはずです。

            >理解不足と書いたのは「読み手のレベルが低すぎる」ではなく「その世界観に対する理解(=受け入られるかどうか)の不足」ということだったのです。

            パッケージ等では現代日本に似通った設定に見えて、実は、「戦国時代」だった…ということなら、好みの合わない物語を無理やり買わされたために、「許容レベル」を超えていて受けいられないという解釈もできるでしょう。
            しかし、買う前から「戦国時代」であることが明らかなら、受け入れられない設定の物語を買うはずがありません。
            「戦国時代」であると分かって買っているのに、「戦国時代」の常識を「現実に即していない設定」と考えるなら、それは読み手のレベルが低すぎるのだろうと思います。

            以上を踏まえて、「ランス・クエスト」の話は、「読み手のレベルが低すぎる」ことの例と受け止めました。

            >少し文章を変えて「作品に対する読み込みが足りていない」ことと「読み手のレベルが低すぎる」ことの例としてあげようと思います。

            「作品に対する読み込みが足りていない」人を前提にするなら、もう少し補足があった方が良いと思います。

             現代日本では、殺生は滅多にないことであり一人殺されただけで大騒ぎです。
             しかし、戦国時代なら、殺生は日常茶飯事です。
             戦国時代では、一人二人の死を一々気に病んでいたら、とても精神が持ちません。
             現代日本では想像し得ないかも知れませんが、その世界では仲間の死にも慣れます。
             また、生死そのものを重視してもキリがないので、その意味が重視されるようになります。
             何のために生き、何のために死ぬのか、人生哲学が発達します。
             仲間が死んだ時に問われることは、その死が無駄死にではなかったか、です。
             その結果、名誉ある死であればそれを尊ぶ文化が生まれます。
             仲間が死んだとしても、喪に服して宴会を控えるのではなく、
             仲間の栄誉ある死を讃える意味でも勝利後に宴会を開くようになります。
             戦国時代の常識で考えれば、それが当たり前なのです。

            まあ、クリンゴン人を知っていれば普通に理解できる常識ですがw

          2. 「許容レベル」の例として挙げるなら、「夜明け前より瑠璃色な」などが適切かと思います。
            あれは、購入前に想像した設定と、真の設定が違っていますから。
            割と早い段階から真の設定のヒントはいくつか出てきますが、大々的に明かされるのは終盤なので。

          3. 補足と例をあげていただき、ありがとうございます。
            これなら確かに「作品に対する読み込みが足りていない」人で「クリンゴン人」を知らない人(笑)にも伝わりやすいですね。

            「夜明け前より瑠璃色な」は昔プレイしたんですけど、うろ覚えで……^^;
            確かに例として相応しそうです。

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