【ChronoBox -クロノボックス-】の考察という名の見解

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【ChronoBox -クロノボックス-】の考察という名の見解

2017年6月21日 古城

 

 

 

目立つ考察要素は、他の人も考察をしているだろうと思い、私の「独自の着眼点」での考察もとい見解を書きました。

まだ、他の人の考察は見ていませんし、本編を一周しかしていないので、もしおかしなことを書いていた場合には指摘していただければ幸いです。

 

 

ネタバレ全開ですので、プレイ済みの人のみご覧ください。

ネタバレなしの感想はこちら→【ChronoBox -クロノボックス-】の感想

 

 

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※説明にあたり画像の引用をしています。著作権は「NO BRAND」にあります。転載禁止です。

※アホらしいことを書いていても暖かい目で見てくだされば幸いです。

 

 

 

天美の存在とは?

 

 

天美の存在は、この作品の大きな謎の1つです。

 

 

最初は「樺音の頭部を食らった一人として、一部の記憶を引き継いでいる可能性があるのかな」と漠然と考えていました。

しかしそれよりも「那由太の中の樺音のイメージと願望が、天美にあらわれている」……つまりは「葛籠井教授が、那由太の記憶のキーとなる存在として作った」のではないか……という結論に至りました。

 

 

なぜそのように思ったのかを書いていこうと思います。

 

 

「お嬢様」としてではなく「普通の女の子」として見て欲しいと言っているシーンです。

健常者(樺音)の暗喩のようにも感じます。

これは少し こじつけ になるでしょうか。

 

 

これらの発言は、「ずっと一人だった」「あなたと出逢えて良かった」と言っていた樺音と重なるところがあります。

しかし、これもまだ こじつけ にすぎません。

 

 

「あなたに全部捧げる」「純潔を守ってきた」……普通に初Hシーンで言いそうなセリフなのですが、もし樺音との果たせなかった想いが天美に現れているとしたら、重なる部分がありますね。

 

 

本来なら「好きな人のおちんちんに」という部分をわざわざ強調して言う必要がありません。このシーンはとくに私の説の信憑性を高めるセリフではないでしょうか。

 

 

「那由太君だけの」ということを強調しています。これも樺音と那由太の果たせなかった願望が含まれているように感じます。

 

 

このセリフも樺音と那由太の気持ちを表していますね。

そして後々、このシーンのCGと樺音のCGが重なる演出が出てくることからも、そういった意味合いを深めています。

 

 

極めつけはこれ。

樺音のセリフとまったく同じものが手紙に書かれています。

これを最後のトリガーにして記憶を引き出されたことからも、天美という存在の特異性を感じます。

 

 

もしかしたら天美という名前も、樺音との象徴的な場所である海――

海女(あま)見(み)を意味している可能性があります。(海は浄化の象徴です)

もしくは単純に天(空もしくは天国か天使を意味する)美(美化した存在)ということかもしれません。

 

 

明確な答えは用意されていませんし、推測の域をでないので「何言ってんだコイツ」と笑って流していただければ幸いです。

 

 

 

樺音やブルーメ・シンドローム患者を監視すべきだったのか?

 

 

私は以前「沙耶の唄」の感想で、「フィクションでの科学者が好きではない」ということを書きました。

この作品に出てくる科学者の「葛籠井雫流」。

彼女もまたマッドサイエンティストさながらな人間でした。

「知的好奇心を満たすために実の娘すら研究に使う」

「那由太のギフトは危険で、対処するべきなのに隠していた」

科学者としては優秀なのかもしれませんが、人の親としては不適格なんでしょうね。

 

 

この「葛籠井雫流」さんですが、「無能説」が出ています。

主に「樺音やブルーメ・シンドローム患者をもっと厳しく監視しろよ」「カルテの改ざんくらいしておけよ」というのが大きな理由ですね。

 

 

まず「樺音やブルーメ・シンドローム患者をもっと厳しく監視しろよ」ということについてですが、私はそうは思いませんでした。

なぜかというと、作中でしきりに「ギフトの人権」についてと「人権に対する周りの声がうるさい」ことが話されていたからです。

本部も、葛籠井教授からの「ブルーメ・シンドローム患者のなかに健常者を紛れ込ませるとどうなるかの実験をしたい」との問に「自分で健常者を用意できるならやってもよい」という回答をしています。

これは、自分たちの足がつきにくくするようにそういう指示をしたと思うのですが、やっぱり本部でも周りからの圧力に勝てるほどの力を持っていないことを意味していると言えます。

ですので、監視カメラを置いたりすることは「人権問題(プライバシーの保護)により不可」だということが言えると思います。

 

 

「カルテの改ざんくらいしておけよ」ということに関してはかねがね同意です。

無理やりにでも擁護するとしたら、「長い間 “天使島” で生活をしてきて、さしたる問題が起きなかったから気が緩んだ」ということは言えますよね。

我々の現実世界でのお役所仕事でもそうですが、問題が発覚してからずさんな管理体勢が露呈することなんて多々ありますので、そういった意味でもありえるミスだったと思うのです。

 

 

 

期招来くんはエロゲーマーだった!?

 

 

ログワールドの中での被験者たちは「期招来くんの脳の中の存在」であることが告げられています。

そしてギフトは「凶暴な人格を抑えた状態で具現化した」とされています。

 

 

それを踏まえた上でヒロインたちの発言を見てみましょう。

「ガビーン」「ぎゃふん」「……ぽ」「ひーん」「びえ~~~~~んっ!!」「ぷんすかぷー!」「ズビシィッ!」「ぷんぷんっ!」「ぎく」

……お、おい……マジですか?

 

 

期招来くんの中の彼女たちの発言は、どこか古臭いノリに感じます。笑

 

 

そして

彼の発言だったり――

 

 

こんなセリフを言っています。

 

 

結論……

 

 

期招来くんはエロゲーマーだった!

ということです。

(久次来はギフトなので関係ありませんでしたね^^;)

 

 

これであの卑語のオンパレードだったHシーンの数々にも説明がつきますね。

「ブリブリ勃起おちんちん」だって期招来くんの中にある彼女(!?)の発言なんです。

仕方ないじゃないですか、エロゲーマーなんですから。

 

 

はい。おふざけが過ぎました。スミマセン。

 

 

 

選ばれた“その他の被験者”たち

 

 

筮・フーカ・まころ・ゆっふぃん・つつじ子の5人とそのギフトたち。

それ以外の人間の存在についても謎が残っていますよね。

メガ・夜々萌・霍・晦・志依の5人です。

 

 

それぞれがどんな役割&関係だったのかを考えてみます。

 

 

メガ

→那由太の親友でしょうか? 作中で

メガ「俺達、いいダチだったよな!」

那由太「………………」

那由太「ああ。親友だ――」

という会話がありました。

夜々萌

→「後輩をついついイジメたくなる願望がある」みたいなことを言っていましたね。

→「一匹狼」を自称しつつその実「人との繋がり」を求めていました。

→おそらくは現実(EdEn)で、まころと仲が良かったのでしょうか。EDEN内でも合唱部3人組としていつも一緒にいますし、まころと小鳥の間を取り持っていました。

志依

→何らかの理由(たとえば好意)で那由太(もしくはそれ以外の人間)のことを見守りたいと思った。

 

 

こうしてみると彼女たちが無作為に選ばれたのではなく、メイン人物たちと仲が良かったり、何らかの目的を持ってこのログ・ワールドへ来ていたことが分かります。

またコミュニケーションが取れる程度のレベルの被験者たちであったことが推測できます。

でないと那由太がメガのことを親友として認識していたことの説明がつきません。

そしてこの5人はログ・ワールドの真意について伝えられていたのでしょう。

だからこそ志依は「事情を知ってそう」な描写がされていたんだと思います。

 

 

そして体験版で霍が0051番から0070番に変わった描写があったのは、おそらく「オリジナルの人格になにかあったのではないか」ということが考えられます。

つまりはこの5人は「もうギフトの人格だけしかログワールドに残っていなかった」のかもしれないということですね。

 

 

 

ギフトに学ぶ理性が効かないときの人間の欲望

 

 

那由太が樺音を教会で殺したあとのシーン。

彼を好いていたはずの まころ が、真っ先に保身に走り那由太に責任を押しつけることを考えます。

そして彼の損失部分と同じ場所を、樺音にも損失させることを画策します。

そうしている中で、「ゆっふぃんが性欲を暴走させて自慰をする」「樺音の首を切り落としたいという衝動にかられ実際に行動にうつす」ということがおこりました。

自分たちが犯人となる(消滅させられる)リスクがあるにも拘わらずです。

そうして最後には屍の頭を……。

 

 

これによって得られる教訓は、

人間が理性を失うと

1:欲望や衝動

2:自分の命

3:愛

という行動の優先順位になるということです。

 

 

もはやこれは「人」とは言えない状態なのかもしれません。

理性あってこそ、人が人足り得るのでしょう。

 

 

 

もう一つの人格が罪を犯した場合

 

 

現実世界では、統合失調症の症状に左右されて犯罪を犯した場合は「責任能力なし」と判断されますよね。

クロノボックスの世界ではギフトが罪を犯すと「人格消滅」というある意味「死刑」のような裁定がくだされます。

どの程度法整備がされているのかは分かりませんし、ギフトとオリジナルのどちらが罪を犯したかの判断も非常に難しいところでしょう。

(この世界では脳波を調べたり、ログをたどるという方法があるのでしょうけど)

しかし今回の場合は、オリジナルの意識がない状態が確定的でしたので、彼女たちには罪がないと言えます。

これは作中でも言われていましたけどね。

 

 

葛籠井教授が作中であのような行動を取ったのも、彼女個人の恨みからです。

こうしたことからも「葛籠井教授の人間味」を感じますね。

たぶんシナリオライターは、葛籠井教授をただの嫌なやつにしておきたくなかったのでしょう。

 

 

 

2つの人格で学力を共有していないのか?

 

 

作中では、ギフトが表面化したときに主人格(オリジナルの人格)の記憶がなかったですよね。

そうしたことから

・主人格と交代人格で知識を共有していないのか?

・もし若いうちに人格が分離したとしたら、分離した相手(この場合ギフト)は、その当時のままの姿や知能ではないのか?

そうしたことが疑問に残りますね。

 

 

解離性同一性障害のWikipediaから「交代人格の事例」を見てみましょう。

(前提として「主人格は交代人格のことを知らない場合が多い」そうです)

 

・主人格と同性の、同い年の交代人格。ただし性格が全く異なる。

 

・その他、受け持つ事件が起こったときの年齢の交代人格が現れることもある

 

・子供の交代人格もよく出てくる。4 - 7歳児が多いが、2歳児の人格も報告されている

 

・他の交代人格の存在を知らず、別の交代人格が表に現れているときの記憶を全く持たない交代人格がある。主人格もそうであるので、幻聴や健忘に困惑しても本人は交代人格がいることに気がつかない。

 

・逆に主人格や、他の交代人格の行動を心の中から見て知っている交代人格もある。

 

・怒りを体現する交代人格や、絶望、過去の耐え難い体験を受け持つ交代人格。リストカットや睡眠薬で自殺を図ろうとする自傷的な交代人格もそのなかに多い。性的に奔放な交代人格が現れることもある。

 

・異性の交代人格なども現れる。

 

・逆にこの子(自分なのだが)はこうあるべきなのだと考えている理知的な交代人格が現れる場合もある。ラルフ・アリソン (Allison,R.B.) がISH(内的自己救済者)と呼んだものもこの範疇になる。

 

・危機的状況で現れて、その女性の体格では考えられない腕力でその子を守る交代人格もある。

 

 

これらの情報から、「ブルーメ・シンドローム」は解離性同一性障害を元にしているけれども、完全にその通りではないことは確定的です。(もちろん本編でもそのように説明されています)

被験者それぞれの症状には違いがありますが、共通しているのは下記のとおりでしょう。

・凶暴性を備えている

・テオドール・ベクトルが作用する

・名前、性別、性格……すべて主人格に依存せずに独立している

・主人格の情報や知識を交代人格は受け継いでいる(性格や趣味趣向は別)

・交代人格はそれに合わせ成長する

 

 

つまりこの項目の結論としては、おそらく学力は同等なはず。

EDENでは、あざみ子がつつじ子に勉強を教えている描写があったけれど、あれはあくまでログ・ワールド内だからである。

ということですかね。

 

 

 

結末について

 

 

那由太はどうなったのか?

まあこれに関しては、ちょっと考えれば分かることなのですが、

樺音を追って死んだ――ということだと思います。

 

 

今までの那由太は、「君は幸せなんだ」と言われてもそれを実感できていませんでした。

 

 

樺音に出会うことによって、希望(本当の幸せ)に出逢えたのです。

彼女がもたらしてくれたのです。

 

 

彼にとっての「光」というのは、樺音の存在そのものです。

 

 

かくいう樺音は、ギフトの凶悪さを身をもって体験することになります。

 

 

そして彼からギフトが取り除かれることこそが「彼の幸せ」だと考えるのです。

 

 

この物語は

「自分の命よりも相手の幸せを優先した女」と

「自分の命よりも相手のいる世界(死)へ向かった男」の物語なのです。

 

 

作中で語られていましたが、海は「浄化」の象徴。

そして

「俺の希望は……もう、どこにも……」

彼女を奪った自分のギフトを、俺は憎んでいる。

そんなギフトを生み出した境遇を、俺は憎んでいる。

憎悪に満ちた人生には、希望の光は及ばない。

――樺音の傍にいたいよ。

と書かれています。

入水自殺した可能性が高いです。

 

 

彼は彼女の元に向かい。止まっていた時間が再び動き出したのです。

 

 

彼の席と彼女の席には花が手向けられています。

花言葉は、

樺音 → ネモフィラ → あなたを許す

那由太 → 紫苑 → 君を忘れない

ということなんでしょう。

ネモフィラは空のように青い花ですので、まさに樺音に相応しいですね。

 

 

楽園で、彼と彼女の仲睦まじい様子が描かれてこの作品は幕を閉じました。

 

 

他の作品では「生きることの大切さ」が語られることが多いですが、この作品の場合は「進むことの大切さ」が書かれているように感じました。たとえ行き着く先が「死」であっても……。

永遠ルートでの現実逃避が、トゥルーエンドではなかったのがその最たる例です。

こういう “救い” があってもいいのかもしれませんね。

 

 

――結局彼らは幸せなのか?

ということに関しては、お互いに「光」に向かって進んで行ったので、「幸せだったのかもしれない」という曖昧な言葉を残して今回の記事を終わらせたいと思います。

 

 

 

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